ちょっと思い出話など。
当時まだ16だったオレは、生まれてこの方女という生き物と付き合ったことすらなく、当然のように童貞だった。
ツレの中には、恵まれた奴なんかもいて、さっさとそんなものとはおさらばしちゃった話を聞かされたりすると、まぁやりたい盛りな上にガキ特有の見栄なんかもあって、もう我慢ができなくなる。
そんなとき、バイト先の先輩から“新地”の話を聞かされた。
“新地”てのは知ってる人もいるだろうけど、大阪だとまだちらほら残っている昔遊郭だった所だ。
ちょんの間、なんて言い方もある。
有名どころだと、飛田とか信太山新地なんてのがあるけど、当時10個上の先輩が足繁く通っていたのは滝井新地ってとこ。
あのダイエーが一号店を出した千林ってとこの近所にある。
夜になると、やり手婆ぁが街頭に立って、客引きをするわけだ。
当然、上にあげた有名どころと違って、寂れたちょんの間なんで、きれいどころはまずいない。
下手すりゃ、やり手婆ぁがそのままお相手になるなんて不幸だって待ち受けていることすらあるらしい。
そんなとこなんで、普通若い奴はまず行かない。
客層はほぼ、客待ちタクシーの運ちゃんとか、要はおっさんが相手なわけ。
けれど、当時のオレは先輩の話から漂ういかがわしい雰囲気と、何より家からそう遠くない場所にあったこと、そして普通の風俗やソープなんかより相場の安い値段に吸い寄せられた。
親には、友達のうちに泊まる、と嘘をついて家を出た。
当時乗っていたRZ50を走らせ、現地に向かう。
昼は安いことで有名な商店街なので主婦でいっぱいだが、夜、しかもこんな深夜だと酔っぱらいとか柄の悪そうなのとかしかうろついていない。
バイクを道ばたに停め、てくてくと歩きながらオレはやり手婆ぁの姿を暗がりに求めた。
そしたらまぁ、いるいる。
手招きする婆ぁがそこかしこに。
「兄ちゃん、こっちこっち」
「遊んでいき、おばちゃんとこええ子おんで」
今ならそんな風に声をかけられても鼻で笑ってやり過ごせるのだけど、当時のオレはまだガキだったし、それに婆ぁどもの声のかけ方がなんとも怪しげだった。
なにせ、潜めた小さな声でぼそぼそ、と声をかけてくる。
暗がりからそんな声が聞こえてくるのは、初めてだったオレにはちときつかった。
どう反応して良いか分からず、仏頂面で婆ぁどもをやり過ごし、千林駅のすぐ傍の明るいあたりまで来て、オレはため息をついた。
緊張感はもう最高潮。
手持ちぶさたで、当時覚えたてのタバコに火をつけ、一服する。
ハードな現場の雰囲気に呑まれてしまって、心細くさえなってしまっていた。
(まいったなぁ……。もう帰ろっかなぁ……)
などと情けないことすら考えていたオレの前に、一人のやり手婆ぁが声をかけてきた。
「どうしたん、おにいちゃん。もう遊んできたんかいな?」
「えっ、いや、まだやけど……」
視線をそちらに向けると、でっぷりと肥えた婆ぁが一人。
ひっつめ髪で、ジャージ姿。
ただ、他の婆ぁと違って明るい印象のせいかこちらの緊張がほぐされる感じがした。
声のトーンも普通だった。
「なんや、ほなおばちゃんとこで遊んでいきや」
にこにこと笑う婆ぁの笑顔に安心して、オレも気が大きくなる。
「おばちゃんとこ、なんぼなん?」
「ホテル代が5000円で、お姉ちゃんに7000円払たって」
しめて1万2000円。
この辺の記憶は結構曖昧なので、もしかしたら間違っているかも知れない。
飛田とかの有名どころなら、昔の遊郭跡をそのまま使っていたりしてやる場所もあるのだけど、ここではそういうのは殆どない。
いわゆるホテトルとかと同じなわけだ。
ホテルって言ってもそんなこぎれいなとこじゃなくて、昔の連れ込み旅館に毛が生えたような感じ。
ちょっと考えたが、この婆ぁの持つ安心感に賭けることにした。
「ほな……。おばちゃんとこにするわ」
オレがそういうと、婆ぁはちょうど自転車で通りがかった一人のお姉さんを呼び止めた。
「サチコちゃん、ちょうど良かった、このおにいちゃん相手したって」
サチコちゃん、と呼ばれたお姉さんはぴゃっと自転車を降りるとその辺に止めて、こっちに近づいてきた。
お姉さん、って言っても、当時でいくつくらいなのかなぁ、多分20代後半から30代前半くらい。
めちゃめちゃきれいってわけでもないけど、顔立ちは整っていたし、おばちゃんって感じでもない。
先輩に聞いてた話よか条件が良さげで、ほんの少しラッキーと思った。
髪はそんなに長くない。
服装は多少野暮ったい感じもするワンピースだった。
「はーい。ほなついてきて、お客さん」
笑顔でそういうサチコさんについて、路地裏に入っていく。
すぐ傍にある古びたホテルの玄関をくぐって中に入った。
ラブホ自体初めて入る上に、古びて下品な雰囲気のいかがわしさにくらくらする。
床に敷かれた赤絨毯がそれに拍車を掛ける。
部屋の中も似たような雰囲気。
緊張のせいかきょろきょろしているとサチコさんがくすくすと笑った。
「お兄さん、もしかして初めて遊ぶん?」
「うん。分かる?」
どぎまぎとしてオレがそう言うとサチコさんはまたもくすくすと笑った。
「分かるよぉ。お兄ちゃん、アンタまだ高校生くらいやろ?」
そこまでバレてると分かって気が緩む。
「あはは。バレた?」
苦笑いしながら、オレがそう言うとサチコさんは荷物を置いてワンピースを脱ぎはじめた。
「そうちゃうかな、って思ってん。でも、お兄ちゃんみたいな若い人ってあんまりけえへんから、よかったわ」
「そうなん?」
「そらそうやん、わたしかってオッチャンよりはお兄ちゃんみたいな若い子の方がええよぉ」
お世辞だろうが、当時のオレにはそんな機微は分かるはずもない。
単純に嬉しくなる。
「服脱いで。お風呂入らな」
「あ、うん」
ぼーっと突っ立っていたオレは慌てて服を脱ぎはじめた。
脱ぎながら、ワンピースからこぼれ出たサチコさんの肢体に目が奪われる。
当時は今みたいに下着のバリエーションもそう無いし、露出度もそう高くない。
色だってそうそう派手なものではなくて、ベージュだったが、初めて目にするオカン以外の生の女性の下着姿に興奮する。
サチコさんは着やせするタイプらしく、ワンピースの時は分からなかったむっちりとした体型。
身体のラインもそう崩れておらず、もはやオレの興奮は最高潮だった。
サチコさんに手招きされ、一緒に風呂場に入る。
シャワーの湯を調整したサチコさんに身体を洗ってもらい、バスタオルで身体を拭くように促され、外に出た。
すぐに出てきたサチコさんも身体を拭くと、にっこりと笑って一緒にベッドに向かう。
「えと、どないすんの?」
間抜けなことを聞いたオレにサチコさんはくすりと笑った。
「そこに仰向けに寝て。後は任しとき」
「う、うん」
いざとなると緊張のせいか、下半身はしょぼんとなっていた。
寝転がったオレに跨るようにサチコさんの身体が覆い被さる。
「ちっちゃなってるやん……。もしかして、ほんまに高校生なん?」
緊張しきったオレに、サチコさんはさすがに声を潜めて聞いてきた。
「うん。ほんま」
「悪い子やなぁ。ふふっ」
少し目を丸くしたサチコさんは、そうささやくとオレの下半身に顔を埋めた。
下半身がぱくっとくわえ込まれ、温かい感触に包み込まれる。
舌でぺろぺろと舐め回される初めての刺激に、思わず声が漏れる。
「んー」
あっという間に、ビンビンになったイチモツをサチコさんの唇が這い回る。
「おっきなってきたね。かわいい」
そうささやくと、サチコさんは覆い被さったまま体勢をずらしてきた。
なすすべもなく寝転がったオレの顔の前に、おかしそうな表情のサチコさんの顔が近づく。
えっと思った瞬間、サチコさんの唇がオレの唇に重ねられた。
キスしてもらえるとは思ってなかったので、心底驚き、そして差し込まれた舌の感触に慌てて舌を絡める。
「へへ、お兄ちゃんかわいいから」
何故か照れくさげにそう言ったサチコさんに、もうこっちは心臓バクバク。
女慣れしていないから余計にね。
ベッドのそばに用意されていたコンドームを装着してもらい、そのままの体勢で導かれるままにドッキング。
騎乗位で、ゆっくりと腰を沈めたサチコさんの唇から、かすかに吐息が漏れる。
ぬちゃっとした感触と、包み込まれる感覚。
温かい肉に包み込まれる初めての体験に、顔が熱くなった。
「んんっ、はぁ……」
緩やかに腰を揺するサチコさんの胸が、ゆらゆらと一緒に揺れる。
「おっぱい、触ってもええよ……」
サチコさんに促され、オレはおずおずと揺れるおっぱいに手を伸ばした。
そうは言っても、なにもかも初めてづくしなわけで、テクニックなんざあるわけもない。
おそるおそる、柔らかくそして重量感のあるおっぱいの感触に戸惑いながら、もみもみする。
「んん、はぁ……、んっ」
サチコさんが腰を揺するリズムに合わせて、イチモツを締め付ける肉のうごめきが締め付けるように震えた。
「くぅ……」
サチコさんの奥底に当たる感覚と、刺激に急速に立ち上がった快感に思わず声が漏れる。
視界の中のサチコさんは、うっとりと目を閉じ、快感に身を任せているようにも見える。
オレの視線に気付いたのか、サチコさんは何故か気恥ずかしそうに吐息混じりの声を漏らした。
「今日は……もう、上がり……ん、やから、最後くらい、気持ちいいエッチしたいやん……」
本気かウソかなんて分からない。
でも、当時のオレからすれば、そんなこと言われたらもう堪らない。
「あ、アカン、オレ……」
我慢などできるわけがない。
あれよあれよという間に登り詰め、オレとサチコさんはびくびく、と身体を震わせてイッてしまった。
「はふぅ……」
どちらともなく、吐息が漏れた。
かすかに頬を上気させ、紅潮させたサチコさんがのろのろとオレのイチモツを引き抜き、コンドームを処理してくれる。
「やっぱ若いなぁ……。こんないっぱい出して」
オレの目の前でコンドームをぶらぶらと見せつけると、ティッシュにくるんでゴミ箱に捨てる。
「おいで。洗たげるから」
サチコさんに促され、再度風呂場に。
下半身を洗うサチコさんの指先の感触がくすぐったい。
先に出て、身体を拭いたオレは服を着るとお金を用意する。
タバコに火をつけ、一服したところで、初めて実感が湧いてきた気がした。
「なんやの、アンタタバコなんかすうたらアカンやん」
バスタオルで身体を拭きながら、サチコさんが笑ってそう言う。
「ええやん」
一戦交えて、少し気が大きくなったオレは悪びれずにそう返した。
「もぉ、アカン子やなぁ」
タバコをふかしながら、サチコさんが下着を着け、ワンピースに袖を通す様をちらちらと見てしまう。
「あんまし見やんといて。こんなおばちゃんの裸」
「おばちゃんやないですやん、めっちゃきれいですよ」
恥ずかしそうにそうつぶやくサチコさんに、気の利いた言葉が浮かばず、何のひねりもないほめ言葉を言うと、サチコさんはにんまりとしてくれた。
「お世辞でもうれしいわぁ。ありがと」
「お世辞やないですって」
タバコを灰皿に押し込むと、オレは用意していたお金をサチコさんに渡した。
「どうもありがとうございました。またきてね、って言いたいとこやけど、今度はもっと大人になってからね」
かしこまった口調で、しかし笑顔でサチコさんはそう言った。
フロントで部屋の代金をサチコさんが払って、ホテルを出た。
何となく無言で、てくてくと歩くと婆ぁがいた場所に戻る。
「お疲れさん。どお、サチコちゃんええ子やろ、お兄ちゃん」
開口一番そう言う婆ぁの言葉に思わず笑ってしまう。
「めっちゃよかったっすよ。また来ます」
「じゃあ、お母さん、今日は上がりなんで」
「はーい、お疲れさん」
サチコさんは停めてあった自転車のスタンドを払うと、婆ぁにそう言って自転車に跨った。
オレはというともっと外れに停めてあるRZ50のとこに歩き出した。
「どこまで帰るん?」
オレの歩調に合わせたわけじゃないんだろうけど、ゆっくりと自転車をこぎ出したサチコさんが横に並ぶ。
「バイク向こうにおいてあるから、取りあえずそこまで」
「アンタバイク乗ってるんや、事故気いつけやぁ。彼女とか乗せるんやろ?」
「分かってるよお。ていうか彼女とか居らんし、原付やから2ケツできひんし」
オレがそう言うとサチコさんはくすりと笑った。
「でも中型とか取るんやろ?」
「そのうち取ろうと思ってるけど」
オレがそう言うと、サチコさんは何故かすごく優しいような、しかしどこか寂しげな表情になった。
「わたしの弟もバイク乗っとったで。RZとかいうの」
「え、そうなん? オレもRZやで。50やけど。あれあれ」
見えてきたオレのバイクを指さすとサチコさんは目を丸くした。
「アレかいなぁ。原付って言うからスクーターかと思ったわ」
バイクのキーをポケットから出し、バイクに付けてあったヘルメットを取り外す。
「ほな、帰ります。ありがと」
サチコさんに別れを告げると、オレはヘルメットを被ろうとした。
そんなオレを優しげな、心配げな表情で見つめるサチコさんの視線を感じて、ちょっと恥ずかしい。
「なぁ。お腹空かへん?」
「え?」
ヘルメットを被りかけた手を止め、サチコさんに視線を返す。
「なんか用事あるん? 無いんやったら、ラーメン食べに行かへん?」
意外な言葉に当然オレは驚いた。
「用事はないですけど、いいんですか?」
なんだかよく分からぬ心配をしながら、オレはおずおずとサチコさんに聞いた。
「かめへんよ。もう終わりやもん。もうちょっと行ったとこに屋台出てるから食べにいこ」
「あ、はい、すいません」
なんでオレを誘ってくれるのか訝しみつつ、素でそう返事していた。
「はい、乗って」
「え、あ、2ケツするんすか」
最初、オレが後ろかと思っていたらサチコさんが自転車のハンドルをオレに預けようとしているのが分かったので慌てて自転車のハンドルを受け取った。
「当たり前やん、男の子が前やん、普通」
オレは跨りながら、苦笑い。
「あはは、そうっすよね、すんません」
「ハイ、いいでー」
どん、と後ろの荷台にサチコさんが座るのが分かった。
「いきますよ」
さすがに自転車の2ケツは久しぶりだったので最初ふらついたが、それでもてろてろと自転車が進み出すとやや安定した。
目当てのラーメン屋台はすぐに分かった。
ガード下に赤提灯の明かりが煌々としている。
客は一人もいないようだった。
「こんばんはー。オッチャン、ラーメン二つと、ビールちょうだい」
慣れた様子で注文するサチコさんにならって、オレも用意された丸椅子に腰掛けた。
「なんや、お姉さん今日は彼氏と一緒かいな」
ラーメン屋のオヤジのからかいをサチコさんは笑って受け流した。
「そうやでー、可愛いやろ」
まず出てきたビールをコップについで、サチコさんはオレに渡した。
「えっ、オレ飲めないっすよ」
「一杯くらいいけるやろ。今日はお兄さんの記念の日やん」
小声でそうささやくサチコさんの顔が、屋台の灯りに照らされてなんとも言えない色香を漂わせているように思えて、オレは一人でドキドキしていた。
「あ、ハイ、いただきます」
自分の分を注いだところで、サチコさんはコップをオレのコップにかちんと合わせた。
「はいはい、かんぱーい」
「か、乾杯」
こんな風に女の人とビール飲むってことと、ビールの苦さがなんか大人の世界って感じだった。
あっという間に酔いが回った気がした。
ラーメンも食ったはずだけどあんまり記憶に残っていない。
ビールはコップ2杯ほど飲んだはず。
「男やねんからちゃんと送っていかなあかんやん」
なんかそんなことを言われた気もするが、ちょっと陽気になったサチコさんに言われるまま、オレたちは再び2ケツしていた。
道中、オレはバイクの話ばかりしてた。
当時はバイクブームがレースブームみたいな感じだったので、中型取ったら生駒に走りに行くとか、ツレとレースやりたいとか、何せ16のガキがそんな大人の女の人に気の利いたこと言えやしない。
それでも、サチコさんはにこにこしながらオレの戯言を聞いてくれたはずだ。
はずだってのは、どんな顔して聞いてくれてたかは2ケツなので分からない。
5分か10分ほどでサチコさんのアパートにたどり着いて、どうしてそうなったかはよく思い出せないのだが、何故かオレはサチコさんの部屋に転がり込んでいた。
「泊まるっていうてきたんやったら朝までおりいや」
そんなことを言われた記憶はあるから、親にウソついてきた経緯を知ってたサチコさんにそう言ってもらえたか、オレから泊めてくれって言ったのか。
多分前者だろう、いくら酔ってたとはいえそんな大胆なことを口にできたとも思えない。
サチコさんのアパートは当時にして築何十年だって感じの古いアパートだった。
小さな台所と4畳半の部屋が二間だったかな。
かすかなかび臭さと、女の人の化粧品の匂いが混じり合ってた。
「散らかってるけどかめへんやろ?」
サチコさんはそう言ったが、むしろきれいな部屋だった。
「着替えてくるから、その辺でも座ってテレビでも見ときいな」
そう言うとサチコさんはふすまを閉めて奥の間に消えた。
言われるままに、オレはぺたんと座ってテレビをつける。
今みたいに深夜まで色々番組がある時代じゃないので、これっていうのが無く、取りあえずやってた天気予報をぼんやり見てた。
しばらくして、サチコさんが戻ってきた。
「タバコ、吸うんやったらこれ使い」
余り使われていないらしいクリスタルの灰皿をサチコさんに差し出されて、オレはサチコさんにしばらく目が奪われた、
白でプリント柄の入った可愛らしいパジャマ姿だった。
「なに?」
オレの視線に軽く赤面したようにも見えるサチコさんが笑った。
「え、あ、いや、なんか可愛くて」
年上の女の人に言うべきほめ言葉じゃないのだが、当時のオレの素直な感想だった。
「なんやの、もう。そんなんいうたって何も出えへんで」
「すいません、あはは」
オレはタバコに火をつけてごまかし笑いをした。
視線に困って何となく部屋の中を見回す。テレビとは反対側に置かれたタンスの上にある写真立てに目がとまった。
多分、はっきりと写ってないので分からないが、初期型のRZ250だと思う。
それに跨るオレと同じくらいの年の奴、そして今よりもずっと明るく、若々しい印象のサチコさん。
「それ弟とわたし。実家に居るときに撮った写真」
サチコさんの言葉に視線を返す。
なんとも言えない寂しげな笑顔だった。
「RZですやん、すごいなぁ」
「弟も、なんか知らんけど山道とかよう行っとったで。競争みたいなんすんねやろ? 危ないから止めとき、いうても全然聞かへんもんなぁ」
今なら、サチコさんの言葉の裏にある意味を感じ取れたのだろうけど、その時のオレはやっぱガキだったから、そこまで斟酌することなんてできやしなかった。
「今でも、行ってるんですか? 峠とか速いんでしょう?」
オレの無神経な質問に、サチコさんは何故か明るく笑っていた。
「今も行ってるんちゃうかな。めっちゃ走ってるんやろうなぁ」
「えーなー、オレもはよ免許取らな」
無邪気すぎるオレの言葉に、サチコさんの表情がまた寂しげなものに変わっていた。
「免許取るのはええけど、危ないこと、せんときや」
その表情と、真剣な口調にオレはよくわからないままに何かを感じ取り、少し気圧された感じになってしまった。
「……それは、大丈夫ですよ、無茶とかしませんもん」
一瞬口ごもってから、オレがそう言うとサチコさんは指切りげんまんのポーズをしてオレに向けてきた。
「ほなわたしと約束し。指切り……」
「げーんまん、ウソついたら……」
サチコさんに合わせて、オレも指切りのポーズを取ると小指と小指が絡み合った。
「今度遊びに来ても相手せえへんで」
「えっ、マジっすか」
オレが目を丸くするとサチコさんはぷっと吹き出した。
「あはは、ウソウソ。でも、危ないことはほんまにせんときや」
笑いながらそう言うサチコさんの目が、かすかに潤んでいるようにも見えた。
「……なあ。ちょっとぎゅってさして」
「えっ」
サチコさんがなぜそんなことを言い出したか、当時のオレには理解できず、ただ慌てるばかりだった。
「でも、いいんすか、まずいっすよ」
うろたえて、訳の分からないことを言うオレに、サチコさんはくすくすと笑った。
「ほんま、可愛いなぁ。弟のこと思い出すわ……」
「えっ、あっ……」
膝立ちしたサチコさんに抱きしめられた。
頭を抱えられ、胸に押しつけられる。
「ヤバイっすよ……」
ふくよかな感触と、かすかに漂う甘い香りに頭が真っ白になる。
顔が熱くなり、自然と汗が噴き出るのを止めることなどできなかった。
「なにが、ヤバイのん?」
おかしそうにサチコさんはそう言って、オレの頭や髪をその指で撫でつけはじめた。
「弟がな、まだ小さいとき、こうやってよう甘えてきたんや。姉ちゃん、抱っこして、いうて」
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サチコさんの優しいささやき声。
そんな甘い声の響きもそうだが、サチコさんの胸の柔らかな感触にガキのオレの正直な反応が頭をもたげはじめる。
「え、あ、そう、なんすか」
そんなことを言いながらも、元気になってしまう下半身のことを、サチコさんに悟られることの方が気になってしまう。
「大きなってから、冗談で抱っこしたろか、いうたらな。アンタみたいに顔真っ赤にして嫌がってな。ようおちょくったなぁ」
おろおろするオレを尻目に、サチコさんはそうささやいて笑うと、抱きしめていた力を緩め、オレの両肩に手を置いてオレの顔をじっと見つめてきた。
「おちんちん、おっきなったんやろ。ふふ」
笑顔だけど、真剣な視線にオレは目を逸らすことができなかった。
「いや、あの、その……」
顔から火が出そうってのはまさにこういうことかも知れない。
ストレートなサチコさんの問いにオレはなにも言えなくなった。
黙り込んだオレの唇に、柔らかな感触が触れるのが分かった。
しっとりとして、そして鼻をくすぐるなんとも甘い香り。
サチコさんが、オレにキスしていたのだった。
うっとりと目を閉じるサチコさんの顔。
オレも、合わせるように目を閉じ、そしてサチコさんの唇に吸い付いた。
柔らかく、そしてむっちりとしたものがオレの口の中に入ってくる。
合わせるように、オレも自分の舌をそれに絡みつけた。
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